西多摩新聞とし坊日記西多摩新聞とし坊日記

西多摩新聞掲載「とし坊日記」

第5回「釧路の夜」―天国と地獄―

檜原村で、羊を飼っている、とし坊です。8月に熊による被害を受け、テレビ報道された事で、多数のお見舞いを頂きました。改めてお礼申し上げます。 残念ですが、希少な羊たちは、山形農場と、秋田農場に疎開しました。檜原村での農業は傾斜地という条件もありますが、獣害が多く対策に予想以上の経費がかかります。 イノシシが電柱を倒して、ネット回線を遮断したり、熊が倒した金網を鹿が乗り越えて、東京葡萄を全滅させたりと、目の前が暗くなる事ばかりです。 ただ、9月に東京農工大学で発表させて頂いた「レア・シープについて」は、多数のご来場者から活発な意見を頂き、新しい展開ができそうで楽しみです。 さて、昔話に戻ります。1991年に操業を開始した北海道工場が軌道に乗り出した1993年、釧路沖地震があり、ブラックアウトになったことで、会社の設備一式が壊滅的被害を受けました。そして、復旧もままならない翌年、北海道東方沖地震にも見舞われました。2年続けて震度6を経験したのです。 自然の驚異になすすべもなく、設備の壊滅的な状況を見て途方にくれる状態で、釧路の夜を過ごしていました。 飲んだくれて自暴自棄になりそうな時、当時一村一品運動などで、企画アイデア出しをボランティアしていた事もあり、商品コンサルティングを依頼されることが多くなりました。

そして、1995年 ある大学内で行われたインターネットの「商品化」検討で、その可能性の大きさを実感し、日本での普及に向けてプロバイダーサービスを全国展開しました。 その後のインターネットの発展とともに、会社も思った以上に成長したいったのでした。 マイコンを始めた時もそうですが、今日のスマホやネットの普及は、予想できなかったのではないでしょうか? 未来は期待を裏切るものと思います。 この連載を始めたときも、今まで自分が日本国内や世界を旅してきたことを書く予定でした。皆様からのメールを拝見していると、自分も、何かもっと別のものをお伝えできるのではないかと思うようになりました。 「絶望の夜にも、希望の朝が必ず来ます」

東京牧場トップへ戻る