投稿者: ldw-admin
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野口英世記念公園/長浜ホール
野口英世記念公園/長浜ホール

野口英世記念公園 横浜市金沢区長浜に潮風と緑に囲まれた長浜野口英世記念公園があります。
時は1895(明治28)年、コレラの拡大防止や、横浜港に入港する外国船からの伝染病を発見するための「長濱検疫所」が建てられました。
1899(明治32)年、海港検疫医官補として、当時22歳であった野口英世が勤務にあたりました。わずか5ヶ月間の勤務でしたが、外国船の乗員からペスト菌患者を発見するなどの功績をあげました。1997(平成9)年、野口英世記念公園の開園にあたり、旧細菌検査室を整備・補修をして、一般開放しました。この細菌検査室は、野口英世博士ゆかりの研究施設としては国内で唯一現存するものであり、資料なども展示しています。

長浜ホール また、旧事務棟は長浜ホールとして、音楽などの文化活動・発表の場などに活用されています。
木のぬくもりを感じる建物や大きな窓は、周囲の緑と調和して明治・大正時代を彷彿させます。取材場所詳細
場 所:野口英世記念公園/長浜ホール
公式 HP:横浜市長浜ホール
開館時間:午前9時~午後5時
休 館 日:年末年始(12月29日~1月3日、月1回程度の施設点検日)
入 館 料: 無料
住 所:横浜市金沢区長浜114-4 ★地図次の記事:称名寺と金沢文庫
関連情報
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横浜ベイサイドマリーナ
横浜ベイサイドマリーナ

横浜ベイサイドマリーナ 横浜市金沢区にある横浜ベイサイドマリーナは、2000隻が係留可能な国内最大級のヨットハーバーにアウトレットモールが併設されて、1998(平成10)年オープンしました。
海を楽しみながら憩うレクリェーション拠点として、日々賑わいを見せています。
横浜ベイサイドマリーナ 施設内は19世紀のアメリカ東海岸の港町をモデルに、広がる空と海を目前にした開放感あふれるロケーションを最大限に活かして造られています。
アウトレットショップ、レストラン、マーケットなどのショップだけでなく、 噴水や風車、海沿いのボードウォークなど、ショッピング以外にもリフレッシュできる魅力が人気の秘訣のようです。取材場所詳細
場 所:横浜ベイサイドマリーナ
公式HP:三井アウトレットパーク 横浜ベイサイド
住 所:横浜市金沢区白帆5-2 ★地図関連情報
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金沢シーサイドライン
金沢シーサイドライン

金沢シーサイドライン 根岸線の新杉田駅から京急本線の金沢八景駅を結ぶ約10.6キロの区間を、新交通システムの路線として1989(平成元)年に開通しました。
14駅間を各々1~3分で結び、始発から終着駅までは約25分です。新交通システムとは、鉄道のレールではなく、道路のような軌道上をバス同様のゴムタイヤにより走行します。車両は小型で、駅間距離も短いというバスの長所と、運行時間の正確さという鉄道の長所を持ち合わせています。車両内はATO装置(自動列車運転装置)によって運転士のいない無人運転をしています。
無人駅も多いため、全駅のホームには旅客の転落事故を防ぐホームドアーを設けています。
また、司令所ではITV監視モニター、運行表示盤、監視盤などの様々な装置により、乗客や運行の安全を見守っています。 海沿いを走行するシーサイドラインは地元住民だけでなく、観光客にも愛されています。取材場所詳細
場 所:金沢シーサイドライン
公式HP :http://www.seasideline.co.jp/関連情報
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日本郵船歴史博物館(横浜郵船ビル)
日本郵船歴史博物館(横浜郵船ビル)

日本郵船歴史博物館 1936(昭和11)年に我が国最古の海運会社である日本郵船の横浜支店として建てられました。
正面ファサード(※1)の16本のギリシャ神殿風のコリント式(※2)大オーダー(※3)の円柱列など、日本郵船の大型客船が大桟橋から次々に船出していた時代に建てた建物らしく重厚のなかにも豪華な印象があります。旧横浜銀行本店別館などの横浜に建てられた古典主義様式の建築物のなかで、最後のものです。
1993((平成5)年、1階部分を日本郵船歴史博物館に改装し、内部の大理石のカウンターや柱を見学することが出来ます。※1 ファサード・・・建物の外観を構成する主要な立面
※2 コリント式・・・柱頭に飾りが施してある形式
※3 大オーダー・・・建物の2階分以上にまたがる列柱
日本郵船歴史博物館(横浜郵船ビル) 取材場所詳細
場 所:日本郵船歴史博物館(横浜郵船ビル)
開館時間:午前10時~午後4時30分
※7~9月は午前10時~午後5時
休 館 日:毎週月曜日・年末年始
入 館 料:大人500円・中高生300円・小学生以下は無料
住 所:横浜市中区海岸通3-9 ★地図
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横浜第2合同庁舎(旧生糸検査場)
横浜第2合同庁舎(旧生糸検査場)

横浜第2合同庁舎 
横浜開港以来、生糸は日本の輸出の基幹産業として重要な役割を果たしていました。
しかし、関東大震災で生糸検査所の焼失など壊滅的な被害を被ったため、復興のシンボルとして新たな横浜生糸検査所の建設が計画されました。1926(大正15)年、遠藤於兔(おと)の設計によりRC造4階、地下1階の構造で完成し、ハマッ子に「キーケン」の愛称で親しまれました。関東大震災復興期の建築としては最大規模を誇りましたが、近年、耐震耐久性の問題から解体されました。
1993(平成5)年、低層棟の一部と外壁が復元されて、高層棟と併せて横浜第2合同庁舎として使われています。
赤いタイルの柱列と、庁舎正面の蚕が孵化した蛾をかたどった紋章が特徴的です。取材場所詳細
場所:横浜第2合同庁舎(旧生糸検査場)
住所:横浜市中区北仲通5-57 ★地図関連情報







